イギリスの次に鉛筆生産国になったのはドイツだった。20世紀初期まで、主な鉛筆輸出国はドイツだった。しかし、第一次世界大戦が起きるとドイツ製鉛筆が入手できなくなり、1915年ごろからは日本製のものが世界で使われた。ただし、日本製のものは両端にしか芯のないキセル鉛筆などの粗悪品が多く、国際的には評価が低かった。第一次大戦が終わると日本製品の輸出は極端に低下した。
しばらくはドイツと日本が主な鉛筆製造国だったが、第二次世界大戦の影響で、1940年代はどちらの国も輸出がほぼ止まった。
印刷付き鉛筆は、1949年に日本のトンボ鉛筆が最初に製造した。これ以前の印字は箔押しであった。精巧な曲面印刷技術を用いたものは、1951年までに、日本の伊藤意匠研究所(現在のいとう鉛筆意匠)創業者伊藤一喜と本多鉛筆印刷の本多信によって始められた。これにより、社名等を印字した贈答用鉛筆が多く作られるようになった。
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日本において鉛筆は、17世紀初頭に徳川家康が最初に使用したといわれる。当時の鉛筆のつくりは現代のものとほぼ同じだった。しかしそのころは定着せず、本格的に輸入が始まるのは19世紀後半、明治時代になってからだった。明治初期の日本において鉛筆の需要は少なく、東京や横浜の輸入品専門店で少量が売られるのみだった。
日本での鉛筆製造は、1874年にウィーンで鉛筆製造技術を学んで戻った2名の政府伝修生井口直樹と藤山種重によって製造法がもたらされ、同年に小池卯八郎によって始められたとされる。小池の製造は1890年までは続いたがその後は記録がない。このほかにも若干の製造者がいた。現在まで続く製造業者は後述する真崎鉛筆製造所が最も古い。
このほか、安政年間に仙台の士族樋渡源吾が少量の鉛筆を生産し売ったという記録もある。